忘我

「決断と優柔不断の間を揺れ動き、見た目にはどのような行動にもたどり着かないように思える優柔不断な生涯がいくつか訪れる。これらは一見無駄な生涯のように思えるが、それでもなお大きな価値がある。このような転生を支配する太陽宮か上昇宮が天秤座であることを指摘する必要はない。そのような生涯の前には、その人にほとんど困難はなかった。彼は、凝結するカルマに条件づけられ、同時に、決断を下すのにほとんど困難を感じない。なぜなら、彼の選択と目的はパーソナリティーによって動機づけられており、低位我によって決定されるからである。後に、バランスをとる一回もしくは複数回の生涯を過ごした後、賽は投げられ、無活動と優柔不断の期間は終わり、魂が行動を決定しはじめる。そのとき、カルマが意識的な変性の作用を受ける。動機が純化され、目標がパーソナリティーの野心から人類の霊的な目標へと移行する」

『新時代の弟子道5』 p.400

魂との融合、もしくはパーソナリティーの「私感覚」からの離脱を得るまで、弟子の生の基本は第一に瞑想でありつづけるだろう。意志の決定要因が魂でないかぎり、すべての行為はパーソナリティーに基づいており、基本的にイリュージョンと堕落の性質に染まっている。自我を信用してはならない。「それはあなたではない」という言葉を真摯に受け止めることができるであろうか。各々の体を通り条件づけるフォースを識別し、自らが魂のフォースを扱っているのか、それとも低位我のフォースに隷従しているだけなのかを知るようになるまでは、なじみ深いわれ自らに注意して、魂つまり真我のみを求めるべきである。すでに訓練を積み、エネルギーとフォースの世界で働く弟子は、眉間のセンターからたえず魂のフォースを統御配分して、必要性と活動へ集中を絞り、意志と力を注ぎつづけねばならない。もはや魂の道具でしかない三界の諸体は、次々と眼の前に立ちあらわれる必要性へのヴィジョンに従い、日夜戦い、働きつづけるだろう。

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