価値観

弟子が、自らの生涯のすべてを霊的な価値観へと自発的に服従させることができるようになるまで、彼は自らの意志により、苦痛に満ちた生涯に運命づけられるだろう。弟子道と呼ばれているものは、個人の観点からすれば、明確に価値観を学ぶ場である。何が霊的に見て自然であり、霊性の要求に合致したものであるか、もしくは何が非霊的なものであり、それが何ゆえに非霊的と見なされねばならないのかを学ぶ過程である。こうした価値観の修正は、霊的に見て誤った人生経験という失敗の結果として与えられる苦痛のただなかで獲得される啓示の集積によってのみ、徐々に獲得されていくものである。そして、すべての修正過程は辛いものであり、また必然的に、弟子道のあらゆる瞬間が辛い修正の連続となるだろう。したがって、撤退すべき霊的な点を内側に見出しそれに定まるまで、もしくは第三イニシエーションを受けるまでは、多かれ少なかれ、すべての真の弟子の生涯はパーソナリティー的に見てきついものである。

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